2017年2月7日火曜日

フシギな短詩82[新宿歌舞伎町俳句一家屍派]/柳本々々


    歌舞伎町っていうのは一個の理由、集まる理由になる  北大路翼

2017年1月31日NHKのハートネットTVで「これは新宿・歌舞伎町で俳句を詠む人たちの物語です」として「新宿歌舞伎町俳句一家屍(しかばね)派」が放送された。

その番組冒頭、屍派「取り纏め役」の北大路翼さんがこんなことを述べられていた。

  人はみんな集まりたいわけでしょ。集まる理由は探してるんだと思うのね、みんな。理由を探さないと人とも一緒に過ごせない。そういう人が多いんじゃないかな、歌舞伎町って。歌舞伎町っていうのは一個の理由、集まる理由になる。多面性というか広さというかね、そこが良いんじゃないかな。…違うところで作っても僕は歌舞伎町の人間として作ってるんだよ。歌舞伎町からのメッセージとして俳句はよんでほしいと思ってる。

この北大路さんの言葉で少し注意してみたいのが、「歌舞伎町」という〈場所性〉を言葉にどこまでもまとわせようとするその態度である。たとえば北大路さんの句集『天使の涎』(邑書林、2015年)を思い出してみても、その視野は〈場所〉へのまなざしがあった。ちょっとあげてみよう。

  風俗店を貫くエレベーターの寒  北大路翼

  新宿公園ぶらんこも砂場もない  〃

  学校を模した風俗春の月  〃

雑居ビルにひしめく「風俗店」。各階の風俗店にはそれぞれの嗜好にあわせた客が入っていくが、そのばらばらな嗜好を一本の「エレベーター」が貫いている。ここでは〈風俗〉をまとめあげるそうした場所的な〈貫き〉に注意が寄せられている。「ぶらんこも砂場もない」「新宿公園」(昔、勤務先が間近だったのでよく昼休みに新宿公園で倒れるひとのようにふらふらしていたことがあったが昼間はほとんどひとがいなかったように思う。夜は知らない)や「学校を模した」イメクラ「風俗」店。ある場所は与えられるはずの機能を奪われ、ある場所はなくてもいいはずの機能を盛られ、凸凹に〈修飾〉された都市・新宿を〈俳句的まなざし〉が貫いていく。

〈俳句〉とは、ここでは都市の偏りの〈読み直し〉に他ならない。ひとびとの〈機能〉ではなくて〈嗜好〉にあわせて修飾された凸凹の都市を読み直すこと。

  町に立つホスト同士の距離うらら  北大路翼

  キャバ嬢と見てゐるライバル店の火事  〃

  さつきまで遺体が乗つてゐたタンポポ  〃

もちろん、都市は嗜好に修飾されるだけでなく、その嗜好にあわせて移動するひとびとによっても都市の文体がかたちづくられていく。

  紙雛にふれつつデリヘル嬢待機  北大路翼

  蝶になる職務質問すり抜けて  〃

  浅春の早番遅番すれ違ふ  〃

「待機」する「デリヘル嬢」は〈嗜好〉にあわせてひとが過密化することをあらわしているし、「職務質問すり抜けて」や「早番遅番すれ違う」からは、ひとの移動が、〈実体的〉なものではなく〈かりそめ〉にしかすぎないことをあらわしている。「デリヘル嬢」が名前を持たないように(或いは源氏名という仮名をもつように)。「早」くの出勤か「遅」くの出勤かの「早番遅番」によってふりわけられる〈職場〉のネットワークは「すれ違ふ」くらいには〈軽快〉なものである。ここには緊密なネットワークはなく、むしろ、移動によって形作られていく移動的移動がつづられている。それは移動のための移動だ。

ここで発見されている都市は、〈移動〉することによって〈修飾〉されている都市だ。だから「公園」に「ぶらんこ」や「砂場」などの〈停止〉させるものは必要ない。

もっと言えば、都市の隙間としての要所を織りなしていく〈風俗〉の基本的な原動力とは〈移動〉なのではないか。

ひとは風俗にゆくときに「エレベーター」で多くの風俗店のなかを上に突き抜ける。風俗店は「学校」システムを性的イメージの修飾のために制服や教師/生徒の設定などのイメージだけを〈移植=移動〉させる。これから〈移動〉するためにデリヘル嬢は「待機」し、おのおのの出勤時間にあわせた風俗嬢は「早番遅番」という時間の違いによって〈移動〉する。

北大路さんの句集『天使の涎』の装画は、漫画家の新井英樹さんが描いているのだけれど、絵の中央にいる人間(モデルは北大路翼さんとのこと)はこちらに向かって全力で走っているようにもみえる。彼はこの絵の消失点になっている。そして彼は走っている。読者に向かって走ってくる。走ったまま、こちらに、走りつづけている。

だとしたら、やはり、核は〈移動〉にあるのではないか。

そういえば、北大路さんは、歩きながら、番組冒頭、しゃべっていたのだった。歌舞伎町を歩きながら。そして番組最後も歩きながら消えていった。歌舞伎町とは、〈歩くため〉の町なのかもしれない。

歌舞伎町が、〈歩き続けるための町〉であること。

  呼んでくれ俺なら朧にゐる叫べ  北大路翼

思えば、ひとは、性=生のために、歩く。性=生は移動の根本原理にもなる。性=生に衝き動かされて、あるく。ときどき、或いは、毎日、セックスするために。或いは、セックスしないために。ひとは、あるきつづける。生きるために。生きないために。春の通路を。

  春の闇どこへも繋がらない通路  北大路翼


          (「ハートネットTV 新宿歌舞伎町俳句一家屍派」NHKEテレ1・2017年1月31日 放送)