2015年9月1日火曜日

人外句境 19 [飯田有子] / 佐藤りえ


夏近し火星探査機自撮りせよ  飯田有子

 NASAの無人探査機「ニューホライズンズ」が冥王星に最接近し、撮影された高解像度画像が公開された。氷の山脈があるとか、正確な直径が観測されたとか、日々新発見がニュースとして報じられている。

 もし無人探査機に人工知能が搭載されたとしたら。そんな発想はSFの界隈ですでにしつくされているだろうけれど、「自撮り棒」はどうか。小型化されたスマートフォンが高機能のカメラを搭載していて、長く伸ばした棒の先にそれをくっつけ、自分を撮影するのが流行する―などという予想はある程度なされていたのだろうか。

 小惑星「イトカワ」から帰還、大気圏で燃え尽きた「はやぶさ」に涙した人々は、無人探査機に人工知能が搭載され、自撮り写真が公開されたりしようものなら「カワイイ~」と色めきたつに違いない。

 動物にしろ、無機物にしろ、人間に似た所作をするものを人は「カワイイ」と評しがちである。それがどんなスケールのものでも、どんな距離感のものでも「そう」なるものなのだろうか。かつて「ナイトライダー」という海外ドラマに「ナイト2000」という「しゃべる自動車」が登場した。スペースシャトルが「てへぺろ」でもカワイイのだろうか。

 宇宙空間のなかで、火星と自分が最も美しく映える画角を探し、自撮り棒をウィンウィンと操作する探査機。なぜだろう、私にとっては考えただけで泣けてくる絵だ。「自撮り」の側面である孤独がこれほどまでに際立つシチュエーションも他になかろう。太陽だけが探査機をまばゆく照らしている。
〈「別腹」8号/2015〉