2015年4月8日水曜日

人外句境 12 [摂津幸彦] 佐藤りえ


雲呑は桜の空から来るのであらう  摂津幸彦

ワンタンを「雲呑」と表記するのは、まことに正しいことである、と思う。

食感、外観、存在感、どの点からしても「雲を呑む」ような食べ物であることに疑いはない。

材料からすると餃子とさして違わないようにも思うのだが、なぜこれほどまでにあえかな食物であるのか。

だいたい、分類すると何になるのか。飲み物なのか。包子の一種なのか。

カレーも飲み物になる時代である。飲み物といっては今一つパンチが利いていない。

しかし「おかず」としては、どうなのか。成分のほとんどは小麦粉、炭水化物になる。

成分だけならうどんも同然だ。もちろん具材があるから別なんだけど、そもそも正しい具材って何なんだ。

汁はラーメンスープと違うのか。「ワンタン麵」のワンタンは、メンマみたいなものなのか。

ラーメンどんぶりで供されるワンタンは、何になるのだ。


そんな不思議な存在である「雲呑」がやって来る場所として、桜の空は、これまたとても相応しい。

満開のソメイヨシノの花びらに紛れて、ひらひらと舞い降りる雲呑。絵になる。

端が風にそよいでいる姿が容易に想像できる。

お花見に雲呑、はどうしたらいいのか。魔法瓶に詰めていったらいいんじゃないか。

魔法瓶、などというと、イマドキの子供に笑われてしまいそうだ。

〈『摂津幸彦全句集』沖積舎・2006〉