2015年2月21日土曜日

黄金をたたく13 [橋閒石]  / 北川美美



陰口もきさらぎ色と思いけり  橋閒石

色名から色調を想像するのは楽しい作業である。一斤染、紅梅色、裏柳、若竹色、青丹、松葉色…色名と数々の色彩を眺め、色と親しむ。しかし、日本伝統色の慣用名に「きさらぎ色」というは実在していない。想像での「きさらぎ色」は、薄萌黄色、裏葉色に近い色なのではと思ってみるが、読者が抱く、「きさらぎ」というイメージに委ねられている。

まだ寒さの中にありながら春の兆しが徐々に感じられる二月。「如月」の由来は、着重ねをする<着更着(きさらぎ)>、草木が生えはじめる<生更木(きさらぎ)>の説がある。ひらがな表記の「きさらぎ」にポエジーの世界がある。八田木枯に「二ン月」と表記した句があるが、橋閒石独特な「きさらぎ」とともに繊細な雅やかさを奏でる。

句の構成は「陰口」と「きさらぎ色」の取り合わせとなるが、寒さを繰り返しつつ春を待つことへの抒情をいっていると捉える。「陰口」のネガティブなイメージが、一挙に明るく希望に満ちた風景へと変わってくる。「も」は負の要素を含む<何もかも>という一切合財を意味しているのだろう。前向きな心意気が「も」により打たれそして響く。 <詩も川も臍も胡瓜も曲がりけり 閒石>と「も」の並列がオシャレだ。

橋閒石には「きさらぎ」を詠み込んだ句がいくつかある。

きさらぎの手の鳴る方や落椿  『和栲』
ほのぼのと泣くきさらぎの芝居かな 『微光』

さらに、「きさらぎ」の表記、そして音から、そら耳アワー調に分解すると、しらさぎ(白鷲)、 いそしぎ(磯鴫)などの鳥の名前にたどりつく。「きさらぎ」とかくだけで不思議な煌めきが生まれるのである。




<『和栲』昭和58年『橋閒石全句集』沖積社所収>