2014年12月31日水曜日

身体をよむ 5 [桂信子] 今泉礼奈


香水の香の内側に安眠す 桂信子

香水の香りに包まれながら、眠りにつく。円を描いているかのような、やわらかさがある句だ。

しかし、「香水」というものは、外出時に使うものではないか。自分のため、というより、他人のため、に使うものだと思う。それを自分の、しかも眠りにつくために用いている。なんと贅沢な。
「安眠」という言葉は、やたら説明的な感じがする。むしろ、ここで「安眠」を強調するということは、普段安眠できていないのか。

すこし心配になりつつも、このちょっとした危うさが、「香水」らしい。

(『晩春』1967年所収)


2014年12月30日火曜日

きょうのクロイワ 10 [鷲谷七菜子]  / 黒岩徳将


どこからか道の来てゐる焼野かな 鷲谷七菜子

いつもの道が違ったように感じられる野焼なのだろう。道が意思を持って、この場所が終着点であるかのように焼野に集まったような感覚。「どこからか」は冒険だと思うが、のびのびとしている強さがある。

(第五句集「天鼓」より)

2014年12月29日月曜日

貯金箱を割る日 9 [豊玉] / 仮屋賢一


たたかれて音のひびきし薺かな   豊玉

 新選組副長土方歳三の最期を飾る発句。春の七草でもある薺、別名は「ペンペン草」。ペンペン草で遊ぶ時、実のついた支茎をひとつひとつ慎重に下に剥き、でんでん太鼓の要領で主茎をくるくる回して音を鳴らす。だから、薺が音を鳴らすのはこれといって新鮮なことじゃない。けれどもこれは「たたかれて」音がひびく。決して大きな音じゃない、耳をすませばようやく聴こえるか、といったくらい。それも、勢い良く叩かなきゃ聴こえない。「ひびく」という動詞、また、「ひびきし」という言葉の響きそのものが、広々とした静寂の空間を作り上げる。

 武州の薬屋であった土方歳三。天然理心流の道場、試衛館のメンバーと共に壬生浪士組に参加し、新選組「鬼の副長」として京でその名を馳せる。最期、箱館戦争でも愛刀、和泉守兼定を以って戦い、最期までこの多摩郡石田村出身の「バラガキ」(乱暴者)は信念を貫き通した。


歳三は、死んだ。 

それから六日後に五稜郭は降伏、開城した。総裁、副総裁、陸海軍奉行など八人の閣僚のなかで戦死したのは、歳三ただひとりであった。

《司馬遼太郎『燃えよ剣 下巻』(1972,新潮文庫)》


歳三は官軍の二発の兇弾に斃れるわけだが、この田舎者の一貫した強い信念が、日本という一国の歴史に堂々と名を残すくらいなのだ。薺の響きがどれだけ小さいものであったとしても、侮れない強大なエネルギーが根底にある。


広長院釈義操、歳進院殿誠山義豊大居士、有統院殿鉄心現居士。これらはすべて彼の戒名である。一字一字たどってゆくだけで、彼の生涯が想起される。

(註:この作品は豊玉の作でないという主張もある)

《出典:村山古郷『明治俳壇史』(1978,角川書店)》

2014年12月27日土曜日

人外句境 5 [筑紫磐井] 佐藤りえ


礼装が那由他の蝶をささめかす   筑紫磐井

那由他は不可思議の手前、阿僧祇の次の単位で、10の60乗(※1)である。
アラビア数字表記してみると、1那由他は
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000
…です。

正直視認できるイメージの範疇を超えていて「ゼロがたくさん並んでる」としか思えない。
そんな膨大な数の蝶がささめく背景に「礼装」がある。

虫が大量出演するパニック・ムービーではないが、蝶にまみれて窒息してしまいそうな「礼装」が、むしろ蝶をコントロールする側にまわっているのが、さりげなく奇妙だ。

「礼装」の人でなし感(※2)が、うんざりするほどの数の蝶を可憐な存在にしてみせているがやはりこの句の主役は「蝶」だろう。

気の遠くなりそうな羽ばたきに取り巻かれ、礼装の内もいつしか蝶で溢れる幻想を見せられる。


※1 10の72乗という説もある。
※2 この「人でなし」は江戸川乱歩「人でなしの恋」のそれにあたる。



〈俳誌「俳句新空間」No.2 2014所収〉

2014年12月26日金曜日

きょうのクロイワ 9 [大橋佳歩]  / 黒岩徳将


写経する母の隣の蚊遣豚 大橋佳歩

母の集中の具合と横に置かれた蚊遣豚の素っ頓狂な顔が面白い。寺と読んでも家と読んでもよいと思う。蚊遣豚自身も、真剣に蚊を避けようとしてはいるのだろうが。俳句的目線というか、景の切り取り方が良い。母は正面ではなく背中がうつってほしいと思う。

(現代俳句協会第11回ジュニア俳句祭 現代俳句協会賞 より)

2014年12月25日木曜日

身体をよむ 4 [桂信子] 今泉礼奈


生きもののすれ違ふ眼や冬霞  桂信子

ライオンなど、激しい動物が互いに睨み合ってすれ違う、戦いの前を思った。しかし、私たちも「生きもの」のひとつである。すれ違うときに、いつも、睨み合っているわけではない。(というか、睨むことなんてめったにない。)すれ違う相手をチラっと見たり、見なかったり。その程度である。そして、また、他の生きものもそうであろう。水族館に行くと、魚なんてみんなそんな感じである。

他の生きものを見て、自分を思った。
今、私の眼はどんな眼をしているのだろう。

冬霞がすこしあたたかく、やわらかく、生きものの世界を包む。

(『新緑』1974年所収)

2014年12月23日火曜日

今日の小川軽舟 25 / 竹岡一郎


灯を点けて顔驚きぬ秋の暮         「近所」

「秋の暮」は、この場合、晩秋というだけでなく、秋の夕暮れの意も含む。薄暗くなった部屋に灯したのである。そして驚いた顔を見たのだ。顔が驚いたのは、いきなり明るくなったからであろうが、相手を誰かと言わず、人とさえ言わずして、顔と言った、その表現に、実は驚いたのは作者でもある、という意が含まれる。顔は、果たして人であろうか。掲句では、顔だけがぬっと浮かび上がったような印象を与える。その浮かび上がった一瞬、作者にはそれが人で、誰かの顔であるという認識より先に、ただ顔なるものだけが室内に浮かび上がった認識があったのである。一寸、岡本綺堂の怪談の雰囲気に通じる処もある。加藤楸邨の「蚊帳出づる地獄の顔に秋の風」も思い出させる。平成八年作。

2014年12月22日月曜日

人外句境 4 [安井浩司] 佐藤りえ


舞踏して投げてドリアン道の果   安井浩司

南国フルーツというものにはあまり縁が無いが、ドリアンと言われれば姿が浮かぶ。あの、こどもの頭ぐらいの大きさの、数キロもある、トゲトゲの外皮に覆われた、割るとたいへんな芳香がするというものでしょう。

掲句ではそんなドリアンをほとんど果物扱いせず、舞踏して道の果てまで至るぐらいに放り投げている。なにかあやしい呪術の儀式でも行っているかのようだ。

初句からの迷いのない感じ(舞踏して投げて、とたたみかけること)により、もっと言えば突き抜けた行動力?を感じさせられて、あやうく笑ってしまいそうになる。

そうまでされてもドリアンはきっとさした外傷も負わず無傷であろう、と予測して、心は数行前にたちかえる。これが人の頭だったら…。

ドリアンの転がる道の辺。人頭の転がる道の辺。なんだろう、大差なく思えてくるのは、何故だろう。

同じ作者に「ドリアンは飛びくる頭で受けるもの」という句もある。作者にとって、兎に角ドリアンは「割って食べるもの」ではないらしい。

〈『四大にあらず』1998年沖積舎所収

2014年12月20日土曜日

きょうのクロイワ 8 [日下野由季]  / 黒岩徳将


木星の軌道に夏の夜の電話 日下野由季

木星といえばあの輪っかを真っ先に思い出す。水星でも金星でもなく、言葉と言葉の衝突を探る。詳しくはないが電話と惑星は何も関係ないだろう。わからない嘘もここまで堂々とすると気持ちよい。曲者なのは中七の「に」。木星のエネルギーがそのまま下五に連結することで、電話の内容を想像させる楽しみが広がる。よく、「俳句には因果関係がない」方が良いという話題が句会で挙がるが、よい参考になる。宇宙飛行士を除き、誰からも距離の離れた宇宙空間を詠むことは、俳人として同じスタートラインでの勝負なのかもしれない。

(角川俳句2013年月号 希望の星たちー新世代作品特集 「香水」より)

2014年12月18日木曜日

今日の小川軽舟 24 / 竹岡一郎


初恋は残酷なりし桔梗かな         「近所」

「なりし」という過去から、自身の初恋を懐かしんでいるのであろう。恐らくは恋敗れたのであろう。初恋の相手が如何なる女であったかには言及されていないが、桔梗を配している処から、容易に想像されうるのである。桔梗の立ち姿から想起される如く、凛然として意志の強い、寡黙な女である。これが仮に牡丹、薔薇、百合であるなら、そのように形容される女であったのなら、最悪、作者は弄ばれたのである。また、向日葵、或いはカンナなら、行き過ぎた情熱の果の破綻だったのである。桔梗であるがゆえに、節度ある、毅然とした女が見えて来る。そのような女との初恋であったがゆえに、残酷に破れたとしても、時を経て、美しい思い出となり得るのだ。桔梗には匂いはほとんどないが、掲句には微かな無垢の匂いとでもいうべきが漂うように思う。平成十一年作。

2014年12月17日水曜日

貯金箱を割る日 8 [豊玉] / 仮屋賢一


春雨や客を返して客に行   豊玉

 新選組副長、のち蝦夷共和国陸軍奉行並、土方歳三。豊玉は彼の俳号。この句は、文久3(1863)年以前の句であり、多摩から京の浪士組へ赴く際にまとめられたもののうちの一句である。時代を考慮すれば、これは俳句ではなく発句なのだが、そういう細かいことは気にしない。
 細やかで、優しく明るい春雨。そんな雨の日に、客人が訪れている。憂鬱な雨じゃないけど、「足元の悪い中わざわざ……」といったくらいのことは言いたくなるし、この句の景色から聞こえてきそう。この客人は、招かれざる客などではなく、仲の良いご近所さんというような間柄なのだろう。もうそろそろ時間も時間だし、自分もこのあと用事があるし、ということで客人を返すのだが、妙にしのびない感じが残る。そんな、なんとなくもやもやした感じを引きずりつつも、今度は自分が客として、どこかの家へ春雨の中向かってゆく。

 そういう長閑でぼんやりした空気感の一コマを十七音で切り出した瞬間、「客を返して客に行」という俳諧味を持った発見がここに生まれた。幕末史、そして軍史に名を残す奇才の、ほっとする一句である。

《出典:土方歳三『豊玉発句集』》

2014年12月16日火曜日

人外句境 3 [西原天気] 佐藤りえ


ロボットが電池を背負ふ夕月夜   西原天気

Panasonicが発売している乾電池に「エボルタ」という商品がある。ギネス世界記録を持つ「世界一長もちする単3形アルカリ乾電池」で、性能を実証する実験「EVOLTAチャレンジ」というのを毎年行っていて、2010年は充電式電池で東海道五十三次を走破、今年は単1形乾電池99本で1トンの鉄道車両を8.5km有人走行させた。電車の場合は乾電池をセットして走行するのはもちろんだが、東海道を走ったり、グランドキャニオンを登ったり(これは2008年のチャレンジ)するのは「エボルタくん」という小さなロボットである。

掲句を読んでぱっと頭に浮かんだのはエボルタくんの勇姿だった。


上五中七の手短な、手際のよい描写がよいのだと思う。ロボットは生まれた瞬間から、必ず己の動力源を背負わされているものだ。でないと動けないから。その事実が「夕月夜」とあわさった時、何故か私の涙腺はせつなく刺激される。ロボットになりかわりして胸を痛めているわけではない。むしろ「ロボットがロボットでしかない」ことにせつなくなってしまうのだ。電池を背負ふ、はあまりにも端的に、まぎれもなくロボットの本質を言い当てている。

現世において、ロボットは人間の役に立つために存在している。人間の得になるために作られている。その傲慢さを忘れて手放しでエボルタくんを褒め称えるようなことは居心地が悪くて仕方がない。

人間らしさを高めたロボットの開発などしなくていいから、ロボットの幸福のためになるロボットを作る研究をしてくれよ、と私は思うが、きっとそんな時代はなかなか来ないだろう。ぜんぜん来ないかもしれない。

電池を背負ったまま、ロボットの今日はまた暮れてゆく。

〈「はがきハイク」第10号2014所収〉

2014年12月15日月曜日

きょうのクロイワ 7 [大内登志子]  / 黒岩徳将


ひと癒えて今日も去りゆく鉄風鈴 大内登志子

淡々とした詠みぶりだが内容は非常に重たい。誰かの体が良くなることはもちろん喜ばしいことだが、残された自分のことを思うと手放しには喜べない。「鉄」が際立ち、仮名と漢字のバランスが非常に良く、その点が悲壮さと呼応している。精神病院へ入院中の作品だという

(第9回角川俳句賞受賞作「聖狂院抄」より)

2014年12月13日土曜日

身体をよむ 3 [桂信子] 今泉礼奈


壁うつす鏡に風邪の身を入れる 桂信子

姿見ほどの大きい鏡を思った。そこには壁が、それはもう置いたときからずっと映りこんでいる。そして、その鏡の前に立つと、風邪のため弱っている自分がいた。自分じゃないような、でも自分だという、すこし寂しい気分になる。

「身を入れる」という能動的な動きとはうらはらに、その後の気分はせつない。

たぶん、人生そんなことが多いのだろう。これぐらいは受け入れなければならないのだ、と思うしかないのだ。

(『女身』1955年所収)

2014年12月12日金曜日

今日の小川軽舟 23 / 竹岡一郎

   
羊歯原に白樺立てる良夜かな        「近所」

 羊歯の葉の裏は白い。白樺の幹は白い。月煌々たる夜を表わす季語のもと、この景を最良の状態として読むならば、月光に何もかも白く照り映えている様を思い浮かべるだろう。ならば、羊歯原には風が吹いている筈だ。なぜなら風が吹くとき、羊歯の葉は一斉に打ち裏返り、白い葉裏を月光に晒すからである。つまり、掲句は、風という語を使わず、風の吹く形容も使わずして、風にあおられる原を現出させている。上五と中七で「シ」の頭韻を踏んでいる処に、その風の音さえ聞こえるようではないか。平成十年作。

2014年12月11日木曜日

貯金箱を割る日 7 [宮沢賢治] / 仮屋賢一


おもむろに屠者は呪したり雪の風   宮沢賢治

 家畜を屠する。それが、その人の仕事。奪われる命への同情、命を奪うことへの懺悔といった、そういう単純なものではないのだろう。「おもむろに」から伝わるゆっくりとした動きが、非情な響きすら持つ「屠者」に人間的な魅力を与える。一方で、「呪す」という超自然的な行い。どこか特殊で異質な振る舞いが、ほかの人々とは違う、「屠者」という人間のアイデンティティ、そして固有の世界観を作り上げている。そんな世界をよぎる、「雪の風」。雪ではなく、雪を孕んだ風。この語の斡旋により、作品に世界の広さ、大きさが与えられ、また、モノトーンの暗い語りのなかに一つの温もりが与えられるようである。一体、その温もりの正体は何なのだろう。

宮沢賢治はベジタリアンであったことは有名だろう。肉食に関するテーマは彼の作品に多く表れており、『フランドン農学校の豚』では豚自身が、自分が屠されることに対する死亡承諾書に調印し、殺されるまでの苦悩が描かれているし、『二十六夜』では梟に対し肉食の罪が説かれる。また、『よだかの星』では

ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕がこんどは鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。僕はもう虫をたべないで餓えて死のう。いやその前にもう鷹が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。
(宮沢賢治『よだかの星』より)

と、主人公のよだかが「命を奪う/奪われる」という行為を身をもって意識した途端、自身の境遇も相俟って、突如として嫌気がさし諦念を抱いたかのように振る舞う。

 とはいえ、宮沢賢治の作品では肉食が全否定されているわけでもなく、個としての人間は、一貫した主張を持ちながらも社会の中で肉食を否定も肯定もしきれないような矛盾した存在であるといったような描かれ方をしている。

「……畢竟は愛である。あらゆる生物に対する愛である。どうしてそれを殺して食べることが当然のことであろう。
 仏教の精神によるならば慈悲である、如来の慈悲である完全なる智慧を具えたる愛である、……」

(宮沢賢治『ビジテリアン大祭』より)

 そこで唯一の拠り所となるのが宗教であり、また、愛なのであろう。社会の中で、自らの内部に矛盾を孕む複雑な存在としての個人、最後にいきつくのは生物への愛。掲句も、もしかしたらこのような宮沢賢治の思想世界が垣間見える作品なのかもしれない。だとしたら、先に述べた「温もり」の正体というのは、屠者の生き物に対する、いや、宮沢賢治自身の生きとし生けるものに対する、惜しみない愛情なのかもしれない。

《出典:石寒太『宮沢賢治の全俳句』(2012,飯塚書店)》

2014年12月10日水曜日

人外句境 2 [長嶋有] 佐藤りえ



ピストルをむけたら猫が近づいた   長嶋有

動物と相対して、こちらの思惑がまったく通じないことは、動物を飼っている者にとっては日常茶飯事である。私は猫を飼っていて、長く飼えば人語を解するようになる、と聞かされたことがあるが、そのように実感したことはほとんどない。猫の行動パターンにそって人間が動かされているのが真実だと思う。

ピストルを向けたら、猫がのこのこと銃口に向かって歩いてきた。ふきだしをつけるなら「なにそれ?」とでも言いそうだ。人間の側の思惑からすると、「撃つぞ」とか「ホールドアップ」なので、両手(猫にとっては前脚)を挙げてくれるのが正解だ。かわいく挙げて止まってくれたら、スマホで撮影してツイートして拡散しちゃうかもしれない。

しかし猫にとっては見慣れない物体を近づけられていることにすぎない。ちょっとずつ近寄って臭いを嗅ぐ、威嚇する、などが猫にとっての正解だろう。

そんな思惑の交差、通じ合わなさが掲句ではスッキリと描写されている。起承転結を追ったのち、じわじわとその「通じ合わなさ」が隠し味のようにきいてくる。

〈『春のお辞儀』2014年ふらんす堂所収〉

2014年12月8日月曜日

身体をよむ 2 [桂信子] 今泉礼奈


月の中透きとほる身をもたずして   桂信子

月の光に透きとおりたいのだろうか。それとも、そんな身を月に申し訳なく思っているのだろうか。月の美しさの前に、どうすることもできない自分を詠んでいる。

桂信子の句には、やはり、夫を亡くした悲しみが底に流れているようなものが多く並ぶ。
この句に漂う悲しみも、月の光では抱えきれないのではないかと、心配だ。

「月の中」と、月に照らされる世界全体をはじめに提示し、そのレンズをぐっと自分の身体へと引きよせる。儚い広がりのある句だ。

(『女身』1955年所収)

2014年12月6日土曜日

今日の小川軽舟 22 / 竹岡一郎


がつくりと日の衰へし案山子かな   「近所」
「がつくりと」は、一読では陽光の衰える様なのであるが、そこに案山子を配する事により、上五の形容は衰残の案山子の形容とも見え、更には案山子が荒んでゆくように冬に向かって荒んでゆく秋の日差しをも思わせる。即ち、「がつくりと」は、最初、陽光の形容として用いられ、更に案山子の形容に重なり、最終的には陽光の有様に戻るのであるが、その際、衰えた案山子の如き陽光という比喩にまで連想を拡げるのである。言葉としては繋がっているが意味としては切れている、この「かな」の形式を、余すところなく活用した例である。平成七年作。

2014年12月5日金曜日

貯金箱を割る日 6 [宮沢賢治] / 仮屋賢一



狼星をうかゞふ菊のあるじかな   宮沢賢治

 よだかは泣きそうになって、よろよろと落ちて、それからやっとふみとまって、もう一ぺんとびめぐりました。それから、南の大犬座の方へまっすぐに飛びながら叫びました。
「お星さん。南の青いお星さん。どうか私をあなたの所へつれてって下さい。やけて死んでもかまいません。」
 
 大犬は青や紫や黄やうつくしくせわしくまたたきながら云いました。 
「馬鹿を云うな。おまえなんか一体どんなものだい。たかが鳥じゃないか。おまえのはねでここまで来るには、億年兆年億兆年だ。」そしてまた別の方を向きました。 
(宮沢賢治『よだかの星』より)

 『よだかの星』において、直接「美しい」と表現されている星は、3つ。オリオンの星と、よだかの星、そして、この「大犬」、つまりおおいぬ座のα星、狼星(シリウス)である。その中でも特に、狼星の描写は美しい。

 掲句の持つ、美しさの中のどこか不穏な予感。この句で繰り広げられる世界は、他の多くの菊の句の持つ抒情の世界、雅の世界とは全く異なるものである。狼星だけでなく、菊も共に、儚い光を放っているかのような、そんな錯覚さえ覚える。

 「菊のあるじ」は何を思っているのだろう。「あるじ」という響きの重厚感は、そのまま人間としての重みも感じさせる。一方で、どれだけ手を伸ばしても届かない世界、自分に対してあまりにも大きすぎる世界への、諦念を通り越した憧れも感じさせる。「大宇宙に対してあまりにもちっぽけな人間」という単純な構図では割りきれないこの絶妙な平衡感覚は、「狼星」と「菊のあるじ」という取り合わせの妙でもあり、詩人・宮沢賢治の妙なる調べから生み出されるものであると言えよう。


 ところで、『星めぐりの歌』に「あをいめだまの小いぬ」という詞がある。一説には、これは狼星を持つおおいぬ座のことだとも言われるが、それが何であれ、宮沢賢治は狼星に対しなにか特別の思いを持っていたのかもしれない。そう考えると、掲句もより、宮沢賢治にとって特別なものに見えてくる。

《出典:石寒太『宮沢賢治の全俳句』(2012,飯塚書店)》

2014年12月4日木曜日

人外句境 1 [山田露結] 佐藤りえ


たましひが人を着てゐる寒さかな   山田露結

着膨れの語感がひしひしと実感される季節になった。もっとも近年は薄手で保温・発熱する肌着の開発が進み、「冬でも薄着」なことに慣らされつつあるが。

掲句では着衣以前のたましいが人を着るほどに寒い、と告げられている。人を着る、ああそれなら、機能下着など及ばぬ暖かさだろう。厚化粧が過剰な顔の装いなら、人を着るのはいかほどの過剰さなのか。

むきみのたましいでいられぬ人の群れが往来を行き交う。人だと信じていたものが、その奥でふるえるたましいの着ぐるみなのかと思うと、ふいに寒さがいや増すような心地がした。

〈『ホームスイートホーム』2012年邑書林所収〉



2014年12月3日水曜日

きょうのクロイワ 6 [岸田稚魚]  / 黒岩徳将


輸血箱を大事に雪の通ひ船   岸田稚魚

佐渡行連作五十句のうちの一句。島と本土を行き来する船にとって、なくてはならないものなのだ。「大事に」という斡旋は、やはり「大事に」としか言いようがなかった様を見たということか。少し黒っぽい血の色と雪の対比も生々しい。岸田の受賞のことばに「私は(佐渡)のこの荒涼とした荒磯の墓場の中を雪まみれになつてさ迷い詩心を滾らかせたのであつた。」とある。平成26年でも「荒磯の墓場」が体験できるのだろうかということが気になっている。

(第3回角川俳句賞受賞作「佐渡行」より)

2014年12月2日火曜日

身体をよむ1 [桂信子] 今泉礼奈


ひとごゑのなかのひと日の風邪ごこち   桂信子

リフレインの気持ちよさに反して、何ともすっきりしない風邪のときの気分を詠んだ句。

夜、今日の一日をふり返る。電車に乗ったこと、授業を受けたこと、友だちと話したこと。その内容に意識が奪われがちだが、確かに。一日は人の声で溢れている。何気ない一日をメタ的に捉えている。
しかし、ここでは、その把握は、ちょっとした風邪によるものだという。内容まで思い出す気分ではない。音だけを思い出しているのだ、と。

と、ここまで書いてみて思ったが、これだと重症のようだ。「風邪ごこち」なのだから、そこまでではない、鼻づまり程度だろう。
そんなときでもやはり、人の声は嫌なものではない。

(『月光抄』1949年所収)




2014年12月1日月曜日

今日の小川軽舟 21 / 竹岡一郎



秋の蚊を打つや麻雀放浪記     「近所」

 「麻雀放浪記」は、阿佐田哲也のピカレスクロマン。昭和四十年代(小川軽舟の少年期に当る)の麻雀ブームの火付け役となった。掲句には何の人物描写もない。しかし、目の鋭いやさぐれた人物も、その人物が何かに命を懸けている有様も、蚊を打つ鋭い動作(その動作は麻雀の牌を打つ動作にも通じる)も、くっきりと見えて来るのは、「麻雀放浪記」という、人心に通じた物語の固有名詞のみを配した手柄である。夏の蚊ではなく、秋の蚊であるところに、賭博師の悲哀が象徴される。平成六年作。

執筆者紹介



 下記メンバーにて詩歌を鑑賞します。

竹岡一郎(たけおか・いちろう)
昭和38年8月生れ。平成4年、俳句結社「鷹」入会。平成5年、鷹エッセイ賞。平成7年、鷹新人賞。同年、鷹同人。平成19年、鷹俳句賞。平成26年、鷹月光集同人。現代俳句評論賞受賞。著書句集「蜂の巣マシンガン」(平成23年9月、ふらんす堂)。句集「ふるさとのはつこひ」(平成27年4月、ふらんす堂)

青山茂根(あおやま・もね)
広告関係の集まりである「宗形句会」から俳句にはまる。「銀化」「豈」所属。俳号のようだが、前の戸籍名。安伸さんには遠く及ばないが、文楽・歌舞伎好き。薙刀を始めるかどうか迷い中。

今泉礼奈(いまいずみ・れな)
平成6年生まれ。「東大学生俳句会」幹事。第6回石田波郷新人賞奨励賞。現在、お茶の水女子大学3年。

佐藤りえ(さとう・りえ)
1973年生まれ。「恒信風」同人を開店休業中。


黒岩 徳将(くろいわ・とくまさ)
1990年神戸市生まれ。第10回俳句甲子園出場。俳句集団「いつき組」所属。2011年、若手中心の句会「関西俳句会ふらここ」創立、2014年卒業。第5回第6回石田波郷新人賞奨励賞。


仮屋賢一(かりや・けんいち)
1992年生まれ、京都大学工学部。関西俳句会「ふらここ」代表。作曲も嗜む。


北川美美(きたがわ・びび)
1963年生まれ。「面」「豈」所属。某バンドのファンサイトにてbibiを名乗る。その後、北海道で駅名「美々」を発見。初句会にて山本紫黄より表記「美美」がいいと言われ、以降、美美を俳号とする。アイヌ語では美は川の意味があり、インドでは、「bibi」はお姉さん・おばさんの愛誦らしい。当ブログ「俳句新空間」運営。


●依光陽子(よりみつ・ようこ)
1964年生まれ。「クンツァイト」「ku+」「屋根」所属。1998年角川俳句賞受賞。共著『俳コレ』『現代俳句最前線』等。


大塚凱(おおつか・がい)
平成7年、千葉県生まれ。現在は都内在住。俳句同人誌「群青」副編集長。第3回石田波郷新人賞準賞。さぼてんの咲かない部屋で一人暮らしをしている大学生。


●宮﨑莉々香(みやざき・りりか)
1996年高知県生まれ。「円錐」「群青」「蝶」同人。



●柳本々々(やぎもと・もともと)

1982年生まれ。東京都在住。おかじょうき・旬・触光・かばん所属。ブログ『あとがき全集』『川柳スープレックス』。「あとがきの冒険」『週刊俳句』、「短詩時評」『俳句新空間』を連載中。岩田多佳子『ステンレスの木』・野間幸恵『WATER WAX』・竹井紫乙『白百合亭日常』にあとがき、木本朱夏監修『猫川柳アンソロジー ことばの国の猫たち』にエッセイ、中家菜津子『うずく、まる』に挿絵を寄稿。2015年毎日歌壇賞受賞

●渡邊美保(わたなべ・みほ)

1948年生まれ。2003年「火星」入会(退会)2012年とんぼり句会参加。第29回俳壇賞受賞








2014年11月28日金曜日

黄金をたたく 5 [攝津幸彦]  / 北川美美


もしもしにもしもし申す雪月夜  摂津幸彦


攝津幸彦の第一句集『姉にアネモネ』(1973年青銅社)を、それが句集名、あるいは俳句と知らず言葉として知っていた。恐らく、兄が押入に隠し持っていた男性誌の書籍紹介に<姉にアネモネ>を見た、とおぼろげな記憶がある。母音とイントネーションが同じ語、母音が同じ語、同音異義語などを当てはめる洒落は雑俳の一部だ。雑俳は70年代のカウンターカルチャーにより、例えば大橋巨泉の「はっぱふみふみ」のようにテレビ・ラジオの電波に乗って人々に広く愛誦された。

<もしもしにもしもし申す>は<姉にアネモネ>同様、言葉遊びの洒落がある。<もしもし>はもちろん、電話の呼びかけの「もしもし」から来ているし、その「もしもし」は「申す」から転じている。受話器から相手が「もしもし」とまず発声し、自分も「もしもし」と申し上げた、それは雪のある月夜だった、という読みが一番落ち着くだろう。周囲の雪はノイズキャンセラーの役目を果たし、小さな音もクリアになる。電話の相手が恋人であっても間違い電話であっても、人と繋がることにドラマがあり、そしてストーリーが生まれる。

(『鹿々集』1996年ふらんす堂所収)




※The Penguin Cafe OrchestraTelephone and Rubber Band






2014年11月27日木曜日

貯金箱を割る日 5 [平田倫子] / 仮屋賢一



夏帽子母を休んでをりにけり  平田倫子


帰省だったり、旅行だったり。母が、母を休んでいる場面。ゆったりとした時間かもしれないし、はしゃいでいるのかもしれない。そんな母親らしからぬ母がまた、好きなのかもしれないし、愛おしささえ感じているのかもしれない。夏帽子の持つ純真無垢な少女らしさが、母に母を休ませ、純粋な一人の女性として、少女としての一面を引き出しているようにも思える。夏の家族の思い出に、こういう一ページがあるのも、またいい。


<角川『俳句』2014年11月号(第60回角川俳句賞候補作品『木の家』)所収 >

2014年11月26日水曜日

鴇田智哉句集『凧と円柱』を読む 5 /今泉礼奈


菜の花と合はさるやうに擦れちがふ   鴇田智哉


菜の花の黄色が、パッと目に入ってくる。その黄色を見ながらその方へと歩いていたら、もしかしたら合わさってしまうのではないか、と一瞬思った。次元を越えた不思議な感覚に陥る。しかし、実際には擦れちがっただけであった。

「やうに」の前に思い描いていた菜の花と自分との夢のようなイメージが、「やうに」後では、あっさりと否定され、現実味あるフレーズへと転換されている。菜の花と自分だけではじまった景だったが、やはり、終わりも、菜の花と自分だけだった。

平易な言葉だけで書かれているからだろうか。すこしせつない。


<鴇田智哉句集『凧と円柱』(ふらんす堂2014年) 所収>

2014年11月25日火曜日

1スクロールの詩歌 [小川双々子] / 青山茂根


息白く命令しつつ死にしこと   小川双々子

 古びたカウンターに座り、私は生まれた東京都下の一角が<ある時期>を境に全く変貌をとげてしまったことを語り、一方、双々子氏の住みつづけている尾張一宮も<ある時期>を境に例外なく姿を変えていったことを、わずかにお聞きしたように記憶している。
(『真昼の花火 現代俳句論集』高橋修宏著 2011 草子社)

 前回、榮猿丸の句を取り上げたのは、高橋修宏著『真昼の花火 現代俳句論集』の中に、これらの記述を見つけたからだった。引用を続けてみる。

 その<ある時期>とは、1960年代から70年代まで余韻のつづいた高度経済成長と呼ばれた―「産業構造の大転換が、郷土と家族を歪ませたこと、都市へ駆りたてられた夥しい若者の夢と願望が、花火のように集約され、はじけ散った」(江里昭彦『生きながら俳句に葬られ』1995年)、そんな時代である。

 ここに語られているジャパニーズドリームの変貌、その象徴であった郊外の衰退後を、てらいなく句にあらわしている一人が榮猿丸であり、手法は違えども、(当人は意識していなくても)、双々子(ひいては江里昭彦や高橋修宏)の系譜の一端であることを再確認したからだった。

 そして、高橋修宏の語る小川双々子が、そうした変容を見つめ、意識的にそれを俳句にしていたことを知って、何か救われたような、はるか遠くに思いがけず援軍を見つけたような心持ちがした。 冒頭に掲げた句を収めた句集『荒韻帖』は2003年に出版されたものだが、その中にこうした、戦後を生きたことから見えてくる戦争の句があることにも。

 最近の漫画『あれよ星屑』1,2巻(でもストーリーとしても面白いし、よく出来た漫画だ)の世界とも重なって、戦争の底辺やその少し上、性に従事した者たちなど様々な角度から、<人類の悲劇>がこれからももっと語られることを願う。

  さまざまな戦争の麦踏んでゐる      小川双々子
  あとずさりするあとずさり戦争以後
  回想の野火「我輩ハ犬デアル」
  あ、逃げた。地が灼けてゐる俺一人
  叱る十二月八日はさみしけれど
  所持品ノ一箇ノ殊ニ黴ゲムリ
  蠅取紙閉ヂ戦争へ行キマシタ
(『荒韻帖』邑書林2003年所収)



2014年11月24日月曜日

きょうのクロイワ 5 [佐藤成之]  / 黒岩徳将


曼珠沙華火焔土器より寂しいか  佐藤成之


 曼珠沙華は取り合わせに多用される印象が私にはある。火焔土器の持つめらめらしたイメージともかなり近い。その近さのために、互いをぶつけるという挑戦はあえて避けられてきたのだろうか。

 「寂しいか」で一気に引き寄せられた。「火焔土器」までは字面も質感も重たい。しかし、「この人は寂しさで二つを比較しようとしている」と思うと句の印象が和らいでくる。どちらの方が寂しいだろうかという謎かけを残し、作者は去ってしまう。

火焔土器は何色だろう。パッと思いつくのはどうしても赤茶色なのだが、もっと土の色に近い火焔土器であってほしいとも思う。

(『 超新撰21』邑書林2010年)


2014年11月22日土曜日

黄金をたたく 4 [巣兆]  / 北川美美


渋柿や鐘もへこめと打つける   巣兆

今年は柿が豊作らしく田舎道にはまさにたわわと柿が実っている。隔年で豊作と凶作を繰り返すのは特に柿に見られる特徴らしい。柿が豊作だと大雪になるという説もある、今年の降雪はどうなることやら。

柿と鐘というのはゴールデンコンビだ。そして、柿・鐘・夕暮れ・鴉の鳴き声、これだけで秋の舞台道具は万全である。

渋柿と甘柿の見分け方を調べてみると、渋柿は先の尖っているような形をしていることが多いらしく、掲句はこの釣鐘型の渋柿と鐘の形を想起しているとも考えられる。

また作者の眼目は<鐘も>の「も」に込められていよう。凹んでほしいのは、俗世の災いと思える。出家している坊主であればすでにその災いからは逃れているはずである。よってこの鐘を打付けているのは作者の巣兆だろう。

なんだ渋柿か!なんてこったと人生の災いに鐘を打っている。本来、鐘打ちは、強く打っては良い音は響かなく、願う心があってこそと思えるが、何やらやけっぱちな風情。しかしだが決して嘆いてはいない。すべての災いを打ち消してくれとばかりに鐘を叩くのである。

掲句は江戸の千住連を組織して、俳諧や俳画に興じた建部巣兆(たけべ・
そうちょう)の作である。『巣兆句集』に「大あたま御慶と来けり初日影」とあり、頭が大きかったらしい。酒飲みで、酒が足りなくなると羽織を脱いで妻に質に入れさせ、酒に変えたという逸話も残っている。典型的な江戸気質とも思える気配が上掲句からも伝わる。ウィットに富んだ洒脱な句が多い。

蓮の根の穴から寒し彼岸過  巣兆
木の下やいかさまこゝは蝉ところ
かへるさに松風きゝぬ花の山
菜の花や小窓の内にかぐや姫

思い切り鐘を打ちスッキリした作者の心情と同時にストンと陽が落ちる夕景が目に浮かぶ。


<『俳諧発句題叢』1820(文政3)年刊所収>

2014年11月21日金曜日

貯金箱を割る日 4 [川又憲次郎]  / 仮屋賢一



足裏の日焼見せ合ふ畳かな  川又憲次郎


足裏なんてなかなか焼けない。ビーチなんかでうつ伏せにずっと寝転んでいたのだろうか。「うわあ、こんなところまで焼けちゃってる」「私も」なんて言いながら畳の上で足裏を見せ合う、レジャーの後日譚。いや、海で遊んだ後の旅館かもしれない。どちらにせよ、足裏の日焼けを見せ合っている人たちは、いま一緒にいるだけでなく、日焼けをした場所でも一緒に行動していただろうということが容易に想像される。そして、ほっと一息ついている畳の上、藺草の香りを感じながら、仲睦まじく、リラックスした楽しい時間を過ごしているのだろう。


<角川『俳句』2014年11月号(第60回角川俳句賞候補作品『頭上』)所収 >

2014年11月20日木曜日

鴇田智哉句集『凧と円柱』より 4 /今泉礼奈


近い日傘と遠い日傘とちかちかす   鴇田智哉


近い日傘、と、遠い日傘というものは、なんともはっきりとしない言い方だ。しかし、この曖昧さに景はどんどん膨らんでいく。わたしは、「近い日傘」とは、直前を歩いている人の日傘、「遠い日傘」とはさらに距離を置いて前を歩いている人のものだと思った。日傘といわれれば、大抵の人は、フリルのついた白のものを想像だろう。その同じようなものと思われる日傘を、距離で分類したとき、確かに、近い日傘には細かな装飾を確認することができ、遠い日傘はそれの全体の形を確認することができる。そして、その二つの情報を重ねたとき、はじめて、日傘というものがぽっと浮き上がってくるのだ。字余りも、景の曖昧さを助長する。

そして、これらを「ちかちか」するという。「ちかちか」とは、ネガティブなイメージをもつ言葉だが、ここではあまり嫌な感じがしない。むしろ、嫌なことを楽しんでいるようだ。平易な言い方が、句全体の雰囲気を愉快なものにする。

気持ちのいい一句だ。

<鴇田智哉句集『凧と円柱』(ふらんす堂2014年) 所収>

2014年11月19日水曜日

1スクロールの詩歌 [榮猿丸] / 青山茂根


按摩機にみる天井や湯ざめして      榮猿丸

地下を流れる水のように、かすかな虚無、というものがこの作者の句には含まれている気がして、熱狂するときも身体のどこかに醒めた視点がある、それが句を静かに屹立させている。
 
旅の仲間と楽しく寛いだ時間を過ごしたあとの、ふと一人になった瞬間に、はっと気づく天井から見られているような感覚、思わず見上げた羽目板の、照明の淡い陰影が、身ほとりのものとして皮膚に寄り添う。
 
すでに高度成長期を過ぎてゆっくりと失速しつつある現代に生まれたことへの諦念、とりたてて贅沢を望まなければ何不自由ない生活の一方で大きな未来が描けない社会の中で、しかし世界を否定したり、反感をあらわにするわけでもなく、淡々と物事を享受する、いわば早熟な子供の持つ冷徹な眼が、ずっと大人になっても機能している、(大人になってしまったら「ビニル傘ビニル失せたり春の浜」なんて気づかなくなってしまうのだ、ときにそれが予期せぬユーモアを生む)、それを纏める大人としての知性と形式による抑制、そんな句がこうして同時代に読めることをうれしく思う。

あをぞらを降るは刈られし羊の毛     榮猿丸 
看板の未来図褪せぬ草いきれ 
コインロッカー開けて別れや秋日さす 
雪の教室壁一面に習字の書

(『点滅』2014ふらんす堂所収) 

2014年11月18日火曜日

きょうのクロイワ 4 [松野苑子]/ 黒岩徳将



豊年や鍋に鍋蓋ひとつづつ    松野苑子


鍋は冬の季語だが、ここでは豊年が主となっているので構わない。

豊年→祝う→料理を振る舞うという発想はある。私も、「豊年のシチューの鍋を抱く両手」という句を書いたことがあるが、優しさよりも俳諧味の方がじわじわと感興を呼び起こすのではないかと掲句を挙げた。鍋が次々とぱかぱかと開いていく様を見たのだろう。三つ以上の鍋と思いたい。目出度さと面白さがブレンドされている。

(『真水(さみづ)』 角川書店 2009年)

2014年11月17日月曜日

黄金をたたく 3 [鴇田智哉]  / 北川美美




照らされて菌山より戻りきし  鴇田智哉 




多分月に照らされれながら<菌山>から戻ってきた情景だろうとまず読む。戻ってきたのは、作者のようにも思えるが、人なのか何かの錯覚かもしれない異次元的謎めきがある。更に何によって照らされたのかは、太陽かも蛍光灯かもしれない、はたまた犯人を連行するときの取材のフラッシュかもしれない、なんともアンニュイ。 

アンニュイとは仏語から来ていて、倦怠感のこと。退屈。世紀末的風潮から生まれた一種の病的な気分。文学的には,生活への興味を喪失したことからくる精神的倦怠感をいう。自意識の過剰,生の空虚の自覚,あるいは常識に対する反抗的気分などが含まれる。(ブリタニカ国際大百科事典)

照らされるからには周囲は暗い、後方に陽の光があるが暗い田園、そのかすかな光で人物が浮かび上がるミレーの絵のような風景を想う。<菌山>というだけで謎めく物語の舞台であるし、<照らされて>の措辞による空間の陰影が空虚さを、そして<戻りきし>で悲しみともおかしみともなる。

鴇田氏の作に共通するアンニュイ性は、抽象を具象にする過程に言葉が動き出す感覚をおぼえる。第一句集にて独自性を打ちだし、空虚感漂う世界が確立されている。

鬱イイ気分というのか、その感覚が五七五の短詩定型で起こっているのだから不思議な体験をした気分なのだ。トワイライトゾーンに浮遊する一句である。




(『こゑふたつ』木の山文庫 2005年)

2014年11月15日土曜日

貯金箱を割る壊す日 3 [遠藤由樹子] /仮屋賢一



裏おもてつめたき葉書霙降る   遠藤由樹子


最近は、葉書が届くだけで嬉しい。そのくらい、葉書が届くことも少なくなってきた。掲句の葉書は、そのような嬉しさだとか、それがダイレクトメールだった時の落胆だとか、そういったものとは完全に切り離されている。「つめたき」「霙」という言葉だけを見れば、それは予定調和であり、因果である。だが、この句はそうじゃない。掲句の世界をそれ以上のものにしているのは「裏おもて」という措辞にある。

裏と表があると言っても、所詮は薄い紙だから、寒いところにあれば両面同じように冷たくなるだろう。ただ、葉書の表は宛名面、裏は通信面、どちらも重要な役割を担っていながら、役割が全く違う。葉書の受け取り手として、表と裏で感じる心理的な温度感は全く同じでない。そういうことにはっと気づかされる。当たり前のことを当たり前に書いているようで、そこには大きな発見があるのである。でも、それは大げさなものじゃなくて、日常の中の些細な出来事。それを再確認させられるかのように、霙が降っている。


<角川『俳句』2014年11月号(第60回角川俳句賞候補作品『生者らの』)所収 >

2014年11月14日金曜日

鴇田智哉句集『凧と円柱』を読む 3 /今泉礼奈


囀の奥へと腕を引つぱらる  鴇田智哉


すこし不思議な句。(おそらく人間だが)何に腕を引っぱられたか、主語がなく、この句の構成だと、囀に引っぱられたかのようだ。おそらく、何者かによって腕を引っぱられ、そのとき、視覚でその先を確認するよりも前に、聴覚が囀を感じとったのだろう。触覚→聴覚(→視覚)と、一瞬をいくつかの感覚に分けてから、詠んでいる。

囀の奥、も分かりにくいが、奥、は自分にとっての奥である。つまり、これは自分と囀の距離感を、自分本位にいっているのだ。

身体感覚の優れた一句。春の光が、まぶしくこの句の景を包む。

<鴇田智哉句集『凧と円柱』(ふらんす堂2014年) 所収>

2014年11月13日木曜日

1スクロールの詩歌 [藤井雪兎] / 青山茂根         


自分の影に鍬振り下ろしている   藤井雪兎

 俳句における有季と定型とは、具象を抽象化するための仕掛けのようなもの、と自分では考えているのだが、

ときに客観写生や花鳥諷詠に拘泥し過ぎてそれを鎖のように身にまとったやせ衰えた姿になってしまってはいないか。

 一方で、自由律句、それも長律においてはむしろ具象としての描写が多いように思う。自由律句における境涯詠や、諧謔、社会性の具体的な描写は、現在ではより川柳の世界と近いものになっているようにも感じる。今日の伝統系の俳句ではあまり詠まれなくなったこれらの世界は、進化の過程で無くしてしまった器官のようで、それが私には羨ましい。きょうの句は、その具象であるがゆえに、普遍的な世界の一端を描き出していて。有季定型の全く別の作者の句に以下の例があることと比較してみたい。

「冬田打みづからの影深く打ち   藤井亘」

的確な描写による完成された句であり、定型俳句として評価される句であることは揺るがない。

が、きょうの句に掲げた「自分の影に鍬振り下ろしている」を目にしてみると、<冬田打>という語から、土の凍て、耕人の寒そうな様子、その気候の中での労働の厳しさといった要素がより印象に残り、人間の生きる業よりは風土詠としての感傷、その地に生きるものの矜持を感じる。自由律句のほうは、純粋に行為のみを描写しているために、影といいつつ自らの身を削り労働して生きていかねばならぬ人間の性がより浮き彫りになる。広大な世界の中のちっぽけな存在、といったアイロニーも含んで、具象に徹底することで、抽象的な読みの概念を引き出すような。有季および定型は、季語という要素と575という制限を与えられているがゆえに抽象化した描写が可能であり、抽象に季節感という要素が加わることでさらに飛躍した世界を表現することもある。たしかに具象のみの名句もあるが、それだけで留めてしまうには惜しい器であることを忘れずにいたい。


男かもしれない人と月を見ている  藤井雪兎 
この広い野原いっぱい咲く花から急いで逃げる  
ふたり海辺で裸足になっては何度も世界を滅ぼしてきた 
土下座の頭に蚊の止まる

             (自由律俳句誌「蘭鋳」)

2014年11月12日水曜日

きょうのクロイワ 3 [広渡敬雄]/ 黒岩徳将



馬好きで入りし高校草の花    広渡敬雄


農業高校だろうか。「し」なので、回想として読んでもいいし、作中主体が高校生と考えてもよい。草の花の近くに、馬の細くて強い脚がうつる。作中主体と馬と草の花との三点倒立。△の頂上は、草の花だ。作中主体が馬術部に入らないと私はきっと怒るだろう。馬にも、馬が好きな人にも会っていただきたい。余談だが、荒川弘の人気漫画「銀の匙」が思い浮かんだ。

(『ライカ』 ふらんす堂2009年)

2014年11月11日火曜日

黄金をたたく 2 [芳賀啓/打田峨者ん]  / 北川美美


クルマイス 月ノ里ヘト イソギユク    芳賀啓  



サヤウナラ 電池ガ切レサウ 核ノ冬   打田峨者ん





両句、漢字仮名混じりの独自の一行詩。クルマイス、核の冬に反逆のブルースが漂う。


芳賀啓(はが・ひらく)氏は、古地図研究家であり地図関係の文献を専門とするコアな出版社を営まれている。TV出演もされているのでお顔を知っている方もいるかもしれない。句集とは名乗っていないこの短詩集、全てが漢字片仮名混じりの句切れ一文字アキ。この集が初の個人名での刊行というのだから芳賀啓が短詩から出発していることに驚く。不自由な身体を自由にする器具<クルマイス>が詩を作り出す。<月の里>というのもロマンがある。1949年生まれ。

薬師坂 黒髪一束 タフレキテ        芳賀啓 
魚籃坂下 夜鴉啼キヌ 
蟷螂ハ 鎌ヲ抱ヘテ 轢死セリ


地形の専門家だけあり坂・地名の句も多いが、戦闘を思わせる句もある。 

打田峨者ん(うちだ・がしゃん)氏は、奥付によると、俳諧者、朗詩人、画家(内田峨)、句歴26年、無所属。この句集は第二句集となる。1950年生まれ。

月の道 翼なき背にランドセル       打田峨者ん 
あとはただ月の花野を道なりに 
ふるさとは月に灼かれし墓一基


下駄にジーンズ、フォークギターを背負い、反逆のブルースを歌った世代のその後の心情が伺える。(チューリップハットをかぶると<みんなの歌>のノッポさん風になる。)もちろん打田峨者ん氏がそのような井手達で日本を放浪していたかは想像である。


両者同世代であり、両集とも自由な作風ながら、句集は春夏秋冬に分類されている。偶然の一致かそれとも同世代だからこその時代の雰囲気か。漢字片仮名混じりの表記は音律を意識すると同時に日本国憲法をも意識する。両者とも憲法に異議を唱えバリケードを突破しようとした世代である。


後ろ髪を引かれつつ故郷を後にした50年世代へ敬意を込めて二句掲出。 両句に時代の波を感じる。



※季語: 両句とも秋から冬の気配だが無季


※核の冬:核戦争が起った場合,核爆発による破壊や火災から生ずる大量の噴煙が太陽光線をさえぎり,気温が大幅に低下してきびしい冬の現象が生起するとの仮説。 1983年,世界の科学者などによる「核戦争後の地球-核戦争の長期的,世界的,生物学的影響に関する会議」が開かれた際に発表され,関心を呼んだ。(ブリタニカ国際大百科事典)



<芳賀啓短詩集 (『身體地図』深夜叢書2000年)所収>
<打田峨者ん句集 (『光速樹』書肆山田2014年)所収>

2014年11月10日月曜日

貯金箱を割る日 2 [平井岳人] / 仮屋賢一



団栗を踏みにじりたる待ち合はせ  平井岳人


並ぶ言葉にいきなりどきりとさせられる。一方で、非常に説得力がある。「踏みにじる」に悪意はない。そもそも、このように言われるまで意識されていない。

団栗の転がっている待ち合わせ場所。それも、踏みにじるほどなのだから、結構な量なのだろう。そんなところでの待ち合わせ、それだけで物語は広がる。とても楽しそうだ。皆の気持ちが高揚していて、もしかしたら早速色々な話に花を咲かせているかもしれない。誰も足元なんて意識しない。そういうところに敢えて目を向けてみると、団栗が踏みにじられている。言い得て妙なのかもしれない。悪意のなさが、無邪気さが、ここに酷ささえ感じられる。日常の中に転がる光と陰の発見である。


<角川『俳句』2014年11月号(第60回角川俳句賞候補作品『手で作る銃』)所収 >

2014年11月8日土曜日

鴇田智哉句集『凧と円柱』を読む 2 / 今泉礼奈



歯にあたる歯があり蓮は枯れにけり     鴇田智哉

自分の身体の中で起きていることと、目の前で起きていることを取り合わせている。まず、「歯にあたる歯があり」だが、これは一見、視覚情報によるものだと思わせる書き方をしている。しかし、実際は触覚(と言えるかどうか微妙だが)情報なのだ。自分の口の中を思ったとき、実際に、歯が他の歯にぶつかっていた。カチカチ。それは、まるで、自分のものではないかのような感覚に陥る。それゆえ、このような無機質なフレーズとなっているのだ。

そして、枯蓮。すこし前まで生きていたものとは思えない、無残さをもつ。

この二つは、それ単体では、生と死をつよく感じさせるものではないが、取り合わされたとき、そこに、生と死を感じる。歯は、確かに人間という生物の一部であり、枯蓮は、生物から突き放された部分である。この、単なる対比関係ではない、自分の身体を通して感じさせる、生と死、は私たちをしばらく立ち止まらせる。

<鴇田智哉句集『凧と円柱』(ふらんす堂2014年) 所収>



2014年11月7日金曜日

1スクロールの詩歌 [町川匙/齋藤芳生] / 青山茂根



破裂するあかるい花火われわれの約束の地が向かうにあった       町川匙


  様々な国籍の子どもたちがいた。 
パレスティーン、と少年答えその眼伏せたり葡萄のように濡れいき    齋藤芳生



  未来なんて花火のようだったね、とおく眺めているときは輝かしくて眩しいけれど一瞬で過ぎさってしまえば闇に沈んだ、かすかな残響。ふたり手をとって走り出しても走るたびに遠ざかる、永遠に近づけない気がして、ふと見上げれば軋みながら回転する観覧車。


 聞いてはいけなかった、とはっとしたときには少年の眼は閉じられていて、瞳からなにも読み取らないで欲しい、という願望の代わりに眼は泉になる、砂に囲まれた異国での乾いた感情の日々に、潰えてしまいそうな小ささな濡れたひと房の持ち重りする葡萄。思いがけなく手渡された事実。


 砂嵐のなかに混じる硝煙のにおい、約束の地を取り戻すにはときに武器を必要として、いつかその少年も武器をとる日がくるのかと、故郷にいながら故郷を奪われた思いと綯交ぜに、胸の花火のように、ずっとあとになっても、遠く極東の地のわれわれを苛む。

  ねむりても旅の花火の胸にひらく   大野林火

(「中東短歌 3」所収) 



関連1:中東短歌

2014年11月6日木曜日

きょうのクロイワ 2 [小島健] / 黒岩徳将



秋風を掠めとつたる牛の舌  小島健


 眼目は中七の「掠めとつたる」。景としては秋の屋外で牛が舌を出す、ただそれだけ。明瞭この上ない。しかし、「掠めとる」は本来悪いニュアンスで使われる。ぼんやりしているように見えて、牛の賢しさを言っているようにも解釈できる。

 また、「掠めとる」という動詞にはスピードを感じるが、中七を丸ごと使われるとそうでもない。まさか、牛にとっては「掠めとる」だが、人間の立場からだと遅いということだろうか?

 そもそも、掠めとったからなんだというのだろうか。掠めとった先に、秋風は牛の体内におさめられたのだと読みたい。目に見えぬ秋風に喪失感がだめ押しされる。

(『小島健句集』 ふらんす堂2011年)

2014年11月5日水曜日

黄金をたたく 1 [山本紫黄] /北川美美


秋の秋子は微熱の源氏物語  山本紫黄


<秋子>という名が妖艶で物悲しく、そして秋子の息使いが聴こえてきそうだ

上掲句は山本紫黄が亡くなる前日に上梓した句集『瓢箪池』に<秋子抄(五句)>として収録されている。<春の秋子は赤い鳥居に照らさるる><夏の秋子は黒地の服の草模様><冬の秋子は髪の匂いの防空頭巾><秋子の忌痩身の鳩なかりけり>とともに並ぶ。

春・夏・秋・冬、四季を通して秋子を想うどれも恋の句と思う。1980年代の『四季・奈津子』(五木寛之)の四姉妹を彷彿してみたり、「源氏物語」に登場する女性たちを重ねたりと想像が膨らむ。

任意の言葉に春夏秋冬を付け、春のXX、夏のXXとする手法は、そうは簡単に当たりが出ないが、紫黄の師である三鬼に、<中年や独語おどろく冬の坂>の句がある。春夏秋冬の中では、「もののあはれ」の季節を感じる秋を冠にしている有名句に遭遇する。

筒袖や秋の棺にしはがはず 漱石 
くろがねの秋の風鈴鳴りにけり 蛇笏 
秋の就一代紺円盤の中   草田男 
風干しの肝吊る秋の峠かな  三橋敏雄 

<秋子>にこだわる紫黄には実在の<秋子>がいる。長谷川かな女創設「水明」を継承した長谷川秋子のことだろう。秋子の父・沢本知水と、紫黄の父・山本嵯迷は兄弟であり、秋子と紫黄は従兄妹同士にあたる。紫黄は「水明」を飛び出し、三鬼の「断崖」東京支部に参加。昭和32年より三鬼門となった。長谷川秋子の美貌は名高く、その美しさ故か昭和48年46歳で早世した。「水明」には今も秋子を慕う同人が大勢いらっしゃる。

鬼のぞく窓に夜の咳あるばかり   長谷川秋子  
犬吠ゆる冬山彦になりたくて      〃

紫黄の<秋子>五句抄を見ていると、幼少から知っていた秋子への思慕、そして俳句に魅せられながら数奇な運命を辿った二人の近くて遠い距離が伝わる。秋子が読破した『源氏物語』の光源氏と最初の正妻・葵の上も従兄妹同志という設定というのも意味深である。


紫黄にとって、<夏の夏子>も<冬の冬子>も存在せず、遺稿の中には、たくさんの<秋子>の句がきっとあったはずと想像する。<秋の秋子>のエレジー度は五句抄の中で群を抜いて高く、<微熱>という状態が痛くさえ感じられるのである。


<『瓢箪池』2007年水明俳句会 所収>


2014年11月4日火曜日

貯金箱を割る日 1 [岡田由季] /仮屋賢一



登高の最後は岩に触れてをり    岡田由季



 九月九日、重陽の節句。茱萸の実を入れた袋を肘に提げたり、菊酒を飲んだり、菊雛を飾ったり。こう書き並べてみると盛りだくさんなのだが、今では他の四つの節句と比べれば非常に知名度が低く、全国的におこなわれる行事はほぼ皆無と言っていいだろう。「高きに登る」という季語も、もともとこの節句の風習の一つであるのだが、秋のピクニック日和とも言えるいい気候も相俟って、必ずしも単なるその範疇には収まらないのかもしれない。

 掲句、「最後」というのは、登りきったところを言うのだろう。高台に登りつめ、そこがゴールとも言わんばかりに存在する岩。触れた途端に、秋の空気が全身を包み込み、目の前に景色が広がる。岩の冷たさもとても心地よいものだろう。

高きに据わる岩、たったそれだけであるが、その触感が実感として喚び覚まされ、そこから視界が一気にひらけるようだ。「登高」が単なるピクニックでなく、秋の季感や、風習として持つ喜ばしい気分を持った言葉として、この句全体を包み込む。さりげない巧さである。



<角川『俳句』2014年11月号(第60回角川俳句賞候補作品『夜の色』 )所収 >

2014年11月3日月曜日

鴇田智哉句集『凧と円柱』より 1 / 今泉礼奈



すりぬける蜥蜴の縞の流れかな  鴇田智哉



止まる、うごく、止まるを絶妙な時間感覚をもって繰り返すのが、蜥蜴である。ここでは、その中の、うごく、が急にはじまっている。そのとき作者は、驚きとともに、蜥蜴の縞模様に流れを感じたのだ。
蜥蜴の独特な色と模様が、読者の頭の中にしばらく残る。上五のすりぬける、も秀逸。蜥蜴は、決して何かを避けてうごいた訳ではないが、その動きは確かに、人間のすりぬける動作と重なるものがある。

感覚的な句かと思いきや、描写の効いた一句。ひやっとする感じが、まさに夏だ。


<鴇田智哉句集『凧と円柱』(ふらんす堂2014年) 所収>

2014年11月1日土曜日

1スクロールの詩歌 [正岡子規] / 青山茂根


鐘つきはさびしがらせたあとさびし 正岡子規

 子規俳句の鑑賞といえば、大野林火のものが好きで、それ以外不勉強にもあまり読んでいないのだが、この句から浮かび上がってくる明治という時代の面影に、しばしタイムスリップしてみたい。

江戸の町の人々に時を伝えた時鐘は、明治の世にも残り、二十四時間雇われた鐘撞男がその音を響かせていたという。単純な労働のようで、遠くまで音を響かせるのはなかなか熟練を要した。

子規が日々耳にしていたと思われるのは、上野の精養軒前の鐘だろう。『明治百話』上(篠田鉱造著 岩波文庫 1996)の中に、「上野の鐘の話」が収録されているのだが、明治35年の話として、

五、六年前に死んだ」鐘撞名人のことが書かれている。「数十年この方、鐘撞を勤めていた仙蔵という七十にもなる爺さん」「もうよる年波で歩行すら自由にできぬくらいで、トボトボと鐘楼へ上り、漸く橦木に捉って鐘をつくのだから、何の力も入らない。傍で聞いていると実に音が低くこれがどうして遠方へ届くかと怪しむほどだったが、ある時堂主が駒込へ行った折、鐘を聞いたが、その響が非常に強く、余音嫋々としていうにいわれぬ幽情が籠って、何となく鬼趣をさえ感じ

とある。「さびしがらせたあとさびし」、ふーーっと、その幽玄の鐘の音と、ぶらさがるように鐘をつき終えた老翁のひそかな溜息が、この(明治24年の項にある)句から立ち上がってくるようだ。なにげなく句にその音を書き留めた子規、その佇まいも時代を超えて現代の我々に届く。

(『寒山落木』巻一)

2014年10月31日金曜日

きょうのクロイワ 1 [山口誓子] / 黒岩徳将


ラグビーの多勢遅れて駆けりくる 山口誓子


「山口誓子集 朝日文庫(1983年)」 より引いた。有名句「ラグビーのジャケツちぎれて闘へる」の隣に置かれている。トライを決める選手の後ろから追いかけてくる脇役たちに視線が注がれている。とても俳句的だと思った。MVPを詠むよりも、滑稽で読んでいて楽しい。「多勢」という熟語の詰まり具合が、「多勢」がベストな表現だと思わせてくれる。「ラグビーの多勢」という表現は一見わかりにくいかもしれない。ジャケツの句の隣に置かれることでより輝きを増す。

2014年10月30日木曜日

2014年11月 執筆者紹介

2014年11月は、月~土 00:00更新。

以下のメンバーにて日替わりで詩歌を鑑賞します。


黒岩 徳将(くろいわ・とくまさ)
1990年神戸市生まれ。第10回俳句甲子園出場。
俳句集団「いつき組」所属。
2011年、若手中心の句会「関西俳句会ふらここ」創立、2014年卒業。
第5回第6回石田波郷新人賞奨励賞。

青山茂根(あおやま・もね)
広告関係の集まりである「宗形句会」から俳句にはまる。「銀化」「豈」所属。
俳号のようだが、前の戸籍名。
安伸さんには遠く及ばないが、文楽・歌舞伎好き。
薙刀を始めるかどうか迷い中。

今泉礼奈(いまいずみ・れな)
平成6年生まれ。「東大学生俳句会」幹事。第6回石田波郷新人賞奨励賞。現在、お茶の水女子大学3年。

仮屋賢一(かりや・けんいち)
1992年生まれ、京都大学工学部。
関西俳句会「ふらここ」代表。作曲も嗜む。

北川美美(きたがわ・びび)
某バンドのBBSにて意味なくbibiと名乗る。その後、北海道で「美々」という駅名を発見。
はじめての句会で山本紫黄より「美美」の表記がいいと言われ以降、美美を俳号とする。
アイヌ語では美は川の意味のようだが、インドでは、「bibi」はお姉さん・伯母さんへの愛誦らしい。
当ブログ「俳句新空間」運営。「面」「豈」所属。賞歴なし。

今日の小川軽舟 20 / 竹岡一郎

冷やかや群集心理広場に満つ   
  
 「鷹」平成二十五年十二月号掲載。人間は単独では思考するが、群集になると、もはや思考しない。群れていると安心する、その偽りの安心を得る事だけが至上の目的となる。社会的生物の欠点である。

「広場」と言った処が眼目で、広場とは広いように見えて実は狭い。野原ではない。曠野では勿論ない。広場とは、ある一定の人工的な面積でしかない閉鎖空間における、極めて限定的な自由を象徴する。群集の自由を限定しているのは、街の構造でもお上でもなく、実は群集それ自体である。

「冷やかや」とは、単に時候を示すだけではない。作者の醒めた眼差しでもあり、群集心理の薄氷を踏む如き危うさでもある。群集が何を求めているのか、自由か、正義か、金儲けか、安心か、いずれにせよ、それは群集が群集である限り、最大公約数的な夢幻でしかない。自然に群集心理が発生するなら多くは悲喜劇に終わる。誰かが煽っているなら、その煽る者が利益を回収しようとする。

「群集心理」は「群衆心理」とも表記されるが、掲句で「群衆」と記さなかったのは、作者の言葉の感覚が緻密であることを示す。「群衆」と記せば、「民衆」、「大衆」へと連想が及ぶ。だが、群集は民衆でも大衆でもない。例えば、下町に日々の暮らしをいとおしむ人々は、群集ではない。民衆であり大衆の一人であろうが、自ら考え自ら行動する。煽ったりはしない。煽られもしない。何が公正であり、何が人倫に則するか、マスメディアよりも遙かに精確に、肌で知っている。地に足をつけるとは、そういう思考である。

2014年10月29日水曜日

今日の小川軽舟 19 / 竹岡一郎

ひぐらしの声いくつかは鏡文字      「呼鈴」

難解な句である。前衛句と言っても良い。小泉八雲は、蟬の鳴き声の中で蜩が最も美しい、と言ったそうだ。蜩の声はどこまでも広がってゆく観がある。朝方にも鳴くが、蜩と聞いて思い浮かべるのは「日暮」の意の通り、夕暮れであろう。あの果てしない単純なリフレインは、人を瞑想に誘う。
永遠にフラットであるような、あの調子にも僅かに変化が聴き取れる時がある。その瞬間の声を「いくつかは」と表現し、鏡文字に喩えたのだと読む。

鏡に映して初めて読み取れる鏡文字は、秘すべき記述に良く使われる。錬金術など、世界の秘密について記した本を思えば良い。蜩の声は世界の秘密、具体的には日本の山河の秘密を、秘密のまま展開してゆくのであるが、作者は声の一瞬の僅かな乱れに、その秘密が開示されかかるような思いを抱いたのであろう。

個人的には、貴船の檜の森を思う。何処までも同じ景が続く、懐かしく、清々しい香に満ちた異界だ。蜩の声に包まれて、いつまでも彷徨っていれば、ある時、世界の秘密が垣間見えるだろうか。平成二十一年作。

2014年10月28日火曜日

今日の小川軽舟 18 / 竹岡一郎

月光の途中に地球月見草     「呼鈴」

月は普段の人間の目線から見ると、地上を照らしているように見えるが、宇宙から見た場合、月球は太陽の光を反射している、いわば球体の鏡である。必ずしも地球だけを照らしているわけではない。

月光という、太陽の光の反射である光の途中に、偶々地球が有るだけだ、という思考は、人間中心主義からも地球中心主義からも遠く離れた、大きな思考である。

季語の「月見草」は付き過ぎのようでいて、実は含蓄がある。「月見草」と呼ばれる草の立場から言えば、別に月が見たくて咲くわけではあるまい。本当は、月が見たいのは人間である。美しい月をいつまでも見ていたい心情を、月光を思わせる色に夜通し咲く小さな花に託し、月見草と呼ぶのだ。

即ち、この季語は作者の心情である。「月光」という太陽の反射光の進む途中に偶々有るに過ぎない地球、その表皮の在るか無きかの一点に月を眺めている自分。宇宙から見て、月見草と人間である自身の違いは如何ほどであろうか。ほとんど区別できないであろう。そう考える眼は、巨視的と言っても良い客観である。平成十九年作。


2014年10月27日月曜日

今日の小川軽舟 17 / 竹岡一郎

こほろぎやテレビがつけば見るこども  「呼鈴」

テレビの罪とは情報の受動性にあり、テレビばかり見ている子供は物を考えなくなる、とは、高度成長期に良く聞いた論調だが、テレビ世代がもう五十を過ぎる今、それほど馬鹿になったとも思われない。むしろ個々の人間は、昔よりも良く考えるようになったと思う。テレビからインターネットへ移行する時点で、情報は一気に多様化していったが、考える者はますます考えるようになった。それは膨大な情報を取捨選択する過程で、思考の垣根というものが取り払われていったからだと思う。思考にタブーというものがなくなった。これは素晴らしいことだと思う。

さて、掲句は、平成のリビングでテレビを見ている子供に、作者が自身の子供の頃を重ねているのだと読んだ。昔と今では、何が違うのだろう。その考察が「こほろぎ」の季語に表われている。昔あって今少なくなってしまったものは、鳴く虫の数、ではない。仮に鈴虫、或いは草雲雀、又はキリギリスと比較してみるとき、こおろぎの声は、鳴く虫の中で最も平凡で、普遍的で、伸びやかであろう。
その平凡であり、普遍的であり、伸びやかである事、それが昭和の高度成長期と重なるのだ。世の中に平等が満ち、誰でも働けばそれに見合う収入が得られ、未来はますます良くなるだろうという希望に、一億人があやされていた時代、子供の見る番組は単純で、ヒーローと悪党、善と悪がはっきり区別されていた時代だ。

しかし、それは結局の処、夢なのだ。夢であったことが判る今は、良い時代かもしれぬ。渾沌として惨たらしくとも、夢に盲いているよりは遙かにマシだと思う。平成十八年作。

2014年10月24日金曜日

今日の小川軽舟 16 / 竹岡一郎

日の丸に糊利きゐたり秋彼岸      「手帖」

糊が利いているのだから、前の旗日に掲げた後、洗濯したのだ。国旗を大事に扱っている様子は、慎ましく勤勉な国民性を良く表わしている。「秋彼岸」としたのは祖霊を尊ぶことが念頭にあったのだろう。祖霊あっての我々である。ならば盆でも良いように思えて、だが、盆では終戦日に近すぎる。日の丸に戦争が重なってしまうのだ。

郷土を愛し、祖霊を尊ぶということ、そして国を尊ぶということ、本来なら当然滑らかにつながるべきこの二つが分断されてしまったのは、敗戦ゆえであるが、しかし戦後を支配した言論も与しているであろう。

「春の彼岸」を取らなかったのは、「糊利きゐたり」の措辞によると思う。秋の清冽な空気こそが、国旗のきりりとした触感を引き立てるのだ。平成十七年作。

2014年10月23日木曜日

今日の小川軽舟 15 / 竹岡一郎

夕方は雲あふぐ刻草の花        「手帖」

最初読んだときは、只事俳句だと思った。ところが、ことあるたびに思い出す。この句には人間の普遍の憧れが沁み出しているのだと、ある時、気づいた。人間にはどんな苦しいときでも、空を仰ぐという行為がある。空を仰ぐとは、空(くう)を仰ぐことであろう。子供など、行き場がないときほど、いつまでも空を仰いでいるものだ。

たとえ行き場があっても、一日が終わろうとするときに、なんとなしに空を仰ぐ。誰でも覚えがあるだろう。その行為に秘められる意味は大きいのだ。

空は、人間の如何なる喜怒哀楽にも応じられる深みを持つ。人間は空を仰ぐとき、自分を忘れるという試みをしているのである。掲句で「刻」という字を使うのは、人間の生きている時間が、永遠の空から見れば、一瞬の刻み目に過ぎぬという認識を表わしている。

掲句の空には雲が出ている。夕方なので、当然、雲は美しく燃えている。いわば、空の花である。そして、地には草の花がある。この季語が下五に置かれているのは、目線の移動を表わしている。先ず空を仰ぎ、それから地に目を落とす。空には赫赫たる雲の花、地には慎ましい草の花、されば人間は如何に、という問いが、掲句には隠されている。

無論、人間も花であり、考える花であろう。ありきたりな、名も呼ばれぬ花である「草の花」と、これ以上ない大輪の花である雲の間で、人間は如何なる花であるか。いや、作者は自身を如何なる花と観ているのか。

「季語は自分である」という作者の常日頃の主張に沿うなら、華たる雲よりも草の花であろう。なぜなら、人間は空ではなく、地に生きざるを得ないからである。それでも、華たる雲を憧れて仰ぐ。その憧れこそは、華たる雲にも比する花であろう。平成十六年作。

2014年10月22日水曜日

今日の小川軽舟 14 / 竹岡一郎

かの男女つぎの稲妻には在らず     「近所」

芝居の一場面のようでもある。道ならぬ恋とか駆け落ちとか心中とか、物騒なことを思うのは、「稲妻」という劇的な、エロスも仄かに感じさせる季語のせいだろう。季語を「雷」と置き換えてみれば、稲妻の必然性が良く分かる。稲が実るしるしと見なされる事から「稲の妻」と呼ばれる季語には、恋愛が良く似合う。人にも自然にも、恋なくして豊饒は成立しない。

「かの」とあるから、作者はかなり離れて二人を目撃したのである。稲妻に一瞬浮かび上がり、次の稲妻には掻き消えている二人は既にこの世の者ではないかもしれず、「稲の妻」なる民話性を鑑みるなら、そもそも人でないかもしれぬ。平成十二年作。

2014年10月21日火曜日

今日の小川軽舟 13 / 竹岡一郎

古唐津の草木(さうもく)も露深き頃    「近所」

桃山期の唐津の向付であろう。大平鉢であれば尚良い。完品でなくとも、陶片で良いのだ。甕屋の谷窯なら、昏く緑がかった艶やかな下地に、一息に描かれた沢瀉を思う。市ノ瀬高麗神窯なら、明るいさっくりとした土に描かれた、黒色の強い撫子を思う。あらかじめ水に通しておけば、草木の絵は生き生きとして、盛られた肴を美味くする。

桃山の唐津は陶片から勉強すると良いのだ。完品ならとても懐が続かないが、陶片ならポケットマネーで様々な窯の様々な絵を味わえる。美術館でガラス越しに見たって仕方ない。桃山の焼物は、濡らして使って、初めてその妙が分かる。山河の寂静を教えてくれる。

「露深き頃」とは言い得て妙で、桃山の唐津の、思い切り簡略化された絵には、露の深さが良く似合う。ここで接続に「も」を用いているのは重要であって、これを例えば「や」や「を」に置き換えると、古唐津と「露深き頃」は分離して、句が台無しになってしまう。

掲句は、他の諸々のものと共に、古唐津の草木も「露深し」という時候に包含される意であるが、実は水(=露)に濡れた古唐津は、露深き頃の山野の雰囲気をそのまま体現しているのである。即ち、「露深し」なる時候の具象化である古唐津の草木は、「露深し」なる季語と相互に包含し合っているのだ。平成五年作。

2014年10月20日月曜日

今日の小川軽舟 12 / 竹岡一郎

秋の蝶磐石に鈴振る如し      「近所」 

秋の蝶であるから、冬蝶ほど弱っていないにせよ、もう静かなのだ。何度か翅をはためかせる、その無音の動きを、作者は音として感じた。それほどまでに静寂は満ちているのである。鈴として感じたのだから、蝶の翅はまだ凛として天を指すのだ。

この句の眼目は、実は蝶でも鈴でもなく、磐石である。蝶が主旋律を表わすなら、磐石はその旋律を支える通奏低音である。神の如く冷たく静かな磐石の上で、蝶の儚い小さな動きは鈴として煌めくのである。平成三年作。

2014年10月17日金曜日

今日の小川軽舟 11 / 竹岡一郎

踊子がポケットに入れくれしもの   「近所」

高野素十の「づかづかと来て踊り子にささやける」を勿論、意識しているだろう。素十の句では奔放なのは男だが、掲句で奔放なのはむしろ女の方である。踊る途中の瞬く間に、僅かな動作で呉れたのだ。踊子の、やや強引な、颯とした仕草が見えるようだ。お侠(きゃん)な踊子であれば言うことはない。

踊子は何を呉れたのだろう。ポケットに入る物だから、ちょっとした好意の品であろう。踊り子に対する者が子供か、大人かで呉れる物も違ってくる。平成元年作。

2014年10月16日木曜日

今日の小川軽舟 10 / 竹岡一郎

関係ないだろお前つて汗だくでまとはりつく

「鷹」平成二十三年八月号掲載。最初読んだとき、私は思春期の息子が父に反抗している景かと思ったのである。作者に聞いてみたところ、会社の人事の景らしかった。一見、前衛句のようでいて、実は人間関係の本質を的確に写生している。「関係ないだろ」というなら、涼しい顔をしていれば良いのに、「汗だくでまとはりつく」果てに抜き差しならぬ事に陥るのが、いつの世も変わらぬ厄介さである。これを仮に国家間の紛争に置き換えても、納得は行く。小は家族から大は国家に至るまで、掲句は意外と人間の業の動きを抉っている。

2014年10月15日水曜日

今日の小川軽舟 9 / 竹岡一郎

虹といふ大いなるもの影もたず      「呼鈴」

 全て存在するものは影を持つ。虹は確かに影を持たない。では、虹は非存在であるか。そうかもしれぬが、一方で虹が実存しているかどうかは、我々人間が「人間の認識の領域」に留まっている限り、窺い知ることが出来ない。我々は存在しているが、実存してはいない、というと仏教の認識論になる。「諸法無我」とは、判りやすく言うと「世界には実体がない」。「三世十方法界に常住の諸仏諸菩薩」と云う、その場合の「常住」とは即ち「実存」である。後は「言説(ごんせつ)不可(ふか)得(とく)」、論理ではなく、直感で認識するしかない。その直感の到達する範囲をどこまでも広げてゆく努力が、「精進力」というものであると思う。

掲句に戻ると、非存在であるからこそ、「大いなるもの」なのである。存在していれば、どんなに大きくとも、その形の枠内に留まらざるを得ない。虹が影を持たぬのは、我々から見れば悲しみかもしれぬ。虹自身から見れば、歓喜かもしれぬ。句集では掲句の前に、

ものにみな影戻りきて虹立ちぬ
なる句が置かれている。一方では虹が立ち、他方で諸々の「もの」には、存在し且つ非実存である悲哀が、影となって戻り来るのである。戻り来る前には、影の無い時間があったであろうが、それはどんな時間であるか。夜、ではつまらない。ものが「もの」として有ることを忘れている、無我の時間ではないかと取りたい。全て「もの」は有情無情に拘らず(人であろうと虫であろうと草であろうと石であろうと)、存在しようとする意志ゆえに存在するのである。どうも倶舎論になりそうなので、もうやめておく。平成二十二年作。

2014年10月14日火曜日

今日の小川軽舟 8 / 竹岡一郎

空蟬の終らざる終りのかたち      「呼鈴」

言われてみるとその通りで、幼虫としては終っているが、決して屍ではない。幼虫時と成虫時の形が酷似しているにも拘らず、脱皮の前後で地中と地上とに大きく生態圏が分かれるのは、蟬特有の成長である。空蟬という、完璧に生の形状をとどめている抜殻に、ある感慨を抱くのは、日本人、空(くう)の概念を文化として持つ民族ならではだろう。一切は縁起流転する、この身もまた然り、しかし空蟬を見て、抱く感慨。上手く言えないが、死を超える希望のようなもの、或いは生をやり直す意志の匂い。平成二十一年作。

2014年10月13日月曜日

今日の小川軽舟 7 / 竹岡一郎

腕立伏ではどこにも行けぬ西日かな     「呼鈴」

藤田湘子の「もてあそぶ独楽(こま)からは何も生れぬ」(昭和三十六年作)に通ずるものがある。掲句は、暇をもてあそんでいるわけではない。汗水垂らして鍛えているのだ。それなのにどこにも行けぬところが悲しい。湘子の独楽の句の背後に高度成長期があるなら、掲句の背後には平成不況があるのだ。掲句を、日々仕事に忙殺されるサラリーマンが、果たして自分の仕事はどこかへ向かっているのだろうかと自問する暗喩と捉えるなら切ない。これを若者の焦燥ととらえれば、西日の照りと相俟って、まだ希望は熱くあろうか。平成十九年作。

2014年10月10日金曜日

今日の小川軽舟 6 / 竹岡一郎

鏡面は裡(うち)から朽ちぬ蟬時雨         「呼鈴」

これを現代の鏡と見れば、あまり見ない景である。しかし、鏡に曇るような斑点が出来るのを、鏡業界では「シケ」といい、実際に有る事だ。高温多湿下や長年の使用により、内部の銀・銅膜が腐食して起こる。漢や唐の銅鏡なら、錆びている物を幾つも見たことがある。緑青が苔のように盛り上がっている。しかし、その場合、錆はむしろ外から内へ進むだろうから、掲句の鏡は現代の鏡と見る方が妥当であろう。廃屋の閉め切った一室、あるいは廃園となった遊園地の鏡などには良くありそうである。腐食がいよいよ進めば、何も映していない筈の鏡に、「シケ」は人影の如く浮かぶ事もあろう。中々に怪談である。蟬時雨は、絶えず静かに進んでゆく錆を音として表わしていると取れよう。平成十八年作。

2014年10月9日木曜日

今日の小川軽舟 5 / 竹岡一郎

日盛や少女消えたる水たまり        「手帖」

幼女なら夕暮時に消えるところ、少女は天心炎える日盛に消えるのだ。「水たまり」を日常に隣り合う黄泉の国と取っても良いが、ギラギラと夏の光の反射する水たまりは、むしろ鏡の国と取りたい。ならば、少女はアリスである。「鏡の国のアリス」では、最後にアリスが目覚め、今までのことは夢だったと知る。更に、その夢はアリス自身が見ていたのか、それとも鏡の国の赤の女王が見ていたのか、アリスは自問するのだ。荘子の「胡蝶の夢」である。掲句においては、消えた少女が幻なのか、それとも消えた少女を見ていた作者自身が幻なのか、自問する体であろうか。
平成十五年作。

2014年10月8日水曜日

今日の小川軽舟 4 / 竹岡一郎

百合深く入り不帰(かへらず)の虻一つ         「近所」

虚子に「虻落ちてもがけば丁字香るなり」の句があるが、掲句の虻はもがきもせず行き行きて、遂に帰らぬ。それだけ花に魅了され花に殉じたのだ。花の奥に入り込んで帰れなくなった虻は、男なるさがの象徴であろう。百合は清純を表わし、処女の暗喩であるが、虻が帰れなくなるのだから、恐るべき処女神である。虻は帰れなくなったのではなく、帰りたくなくなったのだろうか。一匹ではなく、「一つ」とある事から、虻は百合の所有物になったのか。しかし、一つである処に百合の純情さもうかがえる。虻数多であれば、堪ったものではない。平成十二年作。

2014年10月7日火曜日

今日の小川軽舟 3 / 竹岡一郎

男にも唇ありぬ氷水            「近所」

掲句については、藤田湘子の鑑賞を挙げたい。「鷹」平成八年十月号の「秀句の風景」より引く。
「至極当然なことを、あらたまって言われてみると妙になまなましく感じることがあるが、掲句などさしあたりその最たるものであろう。不用意に読めば、男にも唇がある、当たりまえじゃないか、で済んでしまいそうだが、「氷水」が関わってくると、どっこいそうは言わせませんよ、と一句が迫ってくる。氷水を食べるときの、あの、冷たさをちょっと宥めるような口元の形がクローズアップされ、やがて、ふだんは気にもとめぬ男たちの唇が、あれこれと想われてくるのである。と言うことは、蛇足ながら、もう一方に女たちの唇のイメージが絢爛とちりばめられているのであって、そこまで連想の波紋がひろがっていくと、一見無表情なこの句が、どことなくあでやかな雰囲気を発してくるのを感じるのではあるまいか。」

この鑑賞に今更付け加える事もないので、個人的な思い出を一つ述べておく。平成二十三年夏の鷹中央例会で、私の「老兵が草笛捨てて歩き出す」の句が主宰特選を得、軽舟主宰から掲句の「氷水」の短冊を頂いた。今考えると、軽舟主宰は拙句の「老兵」に湘子を思ったのかもしれぬ。生涯戦う俳人であった湘子には、老練の兵の気迫があった。湘子の唇が薄かったことも懐かしく思い出される。平成八年作。

2014年10月6日月曜日

今日の小川軽舟 2 / 竹岡一郎

炎天の更なる奥処あるごとし        「近所」

中七により、炎天の、盲いるような眩さが体感される。あまりに明る過ぎる空は却って昏い。「炎天に」ではなく、「炎天の」であることが工夫である。仮に「炎天に」と置けば、炎天は単なる平たい景である。「の」で繋ぐことにより、炎天も深みであり、その深みに更なる奥処があるという、炎天の果てない深さが表現される。下五の「ごとし」は比喩のようでいて実は比喩ではない。仮に「ありにけり」と置いても意味は同じであるが、炎天の深さがまるで違ってくる。「ありにけり」では所詮目に見える程度の深さである。「あるごとし」と置く事により、その奥処が在るか無きか、はっきりしないほどの深みであることを示唆している。昭和六十三年作。

2014年10月3日金曜日

今日の小川軽舟 1 / 竹岡一郎

七夕のふたつの村のしづかなる       「近所」

「しづかなる」という、一見常套の形容が生きるのは上五の「七夕」なる季語による。「七夕や」と切れるのではなく、「七夕の」と続けることにより、この二つの村が七夕に属していると暗示される。二つの村は七夕竹を掲げる地上の村であるが、天の川を挟んで牽牛、織女の姿が浮かぶゆえ、また上五と中七が「の」で繋がるゆえに、二つの村の間にも銀河が流れるように思え、二つの村は天の川の両岸に在って、各々、牽牛、織女の総べる村かとの連想が浮かぶ。されば村の灯は星々の光であるか。そこで「しづかなる」という形容が揺るがなくなる。星々の世界は真空であるがために静寂だからだ。昭和六十二年作。